大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)47号 決定 1966年5月04日
抗告人 長野喜久治
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人は、「原決定を取消す。本件競売申立を却下する。」との裁判を求め、その理由として、別紙申立の理由記載のとおり主張したこれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
競落許可決定言渡後その確定前に、その強制執行(又は競売)手続の債権者と債務者間に示談契約が成立しても、このような示談契約は、その内容が債務名義(又は抵当権若くはその被担保債権)の全面放棄及び執行(又は競売)費用の全額免除を含むもので、その債務名義(又は抵当権)に基く執行(又は競売)手続を全面的且つ終局的に終了させ、再び同一の債務名義(又は抵当権)に基く強制執行(競売)を申立てる余地を残さないものであるときは別として、その余の場合には、競落許可決定の効力を左右するものではない。けだし、競落許可決定により付与確認された競売物件に対する競落人の既得権は、同人を除外した債権者と債務者間の示談によつて排除することは原則として許されないと共に、既に終局の段階まで進展した執行(又は競売)手続を恣意的に廃棄し、再び同様の手続を初めからやり直すような訴訟経済に反する取扱いはこれを許すべきでないからである。
抗告人の主張によれば、抗告人と債権者間の示談契約の内容は、抗告人は債権者に対し頭金を支払つて残債務は月賦弁済することとし、債権者は本件強制執行申立を取下げる旨のものであつたと云うのであるから、仮りに右抗告人主張通りの内容の示談契約が右当事者間で真実に成立しているとするも、抗告人が右示談契約を履行しないときは債権者が再び同一債務名義に基いて強制執行の申立をすることができる余地を残しているわけであるので、右示談契約をもつて本件競落許可決定の効力を左右することは許されない。それ故に、抗告人の主張するところはその主張事実の存否について判断するまでもなく主張自体原決定を取消すべき事由に該当しないこと明白である。
そのほか記録を調査しても原決定にはこれを取消すべき違法は見当らない。
よつて民訴法第八九条を適用し主文のとおり決定する。
(裁判官 乾久治 長瀬清澄 安井章)
(別紙)
申立の理由
一、別紙記載目録の物件は昭和四十一年二月二十五日
神戸市須磨区養老町一丁目十七番地の八
株式会社 神戸商会
に対し最高価金十八万七千八百円也を以て競落許可決定がなされた
二、しかしながら本件申立債権者と債務者たる抗告人間には既に示談成立し一ケ月金三千円宛分割支払を為し数万円以上の支払を了し今後も約旨に従つてこれを実行して行く決意をしており抗告人としては競売申立の取下られるものと信じていたものである。
斯様な抗告人の現に住居且つ生活の基礎となるべき呉服商の営業場所を僅か十八万余円の安価で競売せられては抗告人の損害も甚大にして却て分割支払も出来なくなる結果となる。
抗告人は本抗告期間中にも残額全部の支払を為す準備をなしておるので本件抗告に及んだ次第である。